三菱自動車が欧州市場向けに展開する電気自動車(BEV)「エクリプスクロス EV」が、デビューからわずか1年でバッテリーラインナップを大幅に刷新した。新たに67kWhの廉価グレードが追加され、エントリー価格が一気に引き下げられたことで、欧州のEV市場における競争力が大きく高まっている。
残念ながら日本や北米ではこの新世代モデルは販売されておらず、従来のガソリン・PHEVモデルが継続されているが、この欧州専用EVは今後の三菱の電動化戦略を占う上で極めて重要な存在だ。本記事では、最新アップデートの詳細から背景にある技術、価格戦略まで徹底解説する。
新型エクリプスクロス EVとは?——ルノー・セニック E-Techとの深い関係
欧州向けの新型エクリプスクロス EVは、ルノー日産三菱アライアンスが共同開発した「CMF-EV」プラットフォームをベースとしており、実質的にはルノー・セニック E-Techのバッジエンジニアリング(リバッジ)モデルだ。インテリアには12.3インチのデュアルディスプレイが搭載され、ルノーのGoogle連携インフォテインメントシステムをそのまま採用している。エクステリアは三菱らしい「ダイナミックシールド」フロントマスクに仕立てられているが、プラットフォームやパワートレインの基本はルノーとほぼ共通となっている。

これは、欧州でのEV販売規制強化に対応するための戦略的な提携の成果であり、三菱が単独で開発コストを賄うことなく欧州市場に競争力のあるEVを投入できる手段として機能している。i-MiEV以来となる三菱ブランドの欧州向け本格BEVとして、2025年末から順次販売がスタートしていた。

バッテリーラインナップの刷新——67kWh LFP vs 89kWh NMC
今回のアップデートの最大の目玉は、バッテリーオプションの拡充だ。これまで87kWh一択だったラインナップが、2026年11月から以下の2種類に整理される。

ミドルレンジ(67kWh LFP):
新たに追加された67kWhバッテリーは、リン酸鉄リチウム(LFP)化学を採用している。LFP電池はニッケルマンガンコバルト(NMC)電池に比べてエネルギー密度はやや低いが、熱安定性が高く、長寿命で、ほぼ100%まで充電しても劣化しにくいというメリットがある。WLTPモードでの航続距離は472km(約293マイル)。DC急速充電では15%から80%まで約24分で充電でき、ピーク充電出力は165kWとなっている。同バッテリーはすでにルノー・メガーヌ E-Tech フェイスリフト版にも採用されており、アライアンス内でのコスト最適化の一環だ。
ロングレンジ(89kWh NMC):
従来の87kWhバッテリーは、容量を2kWh増加させた89kWhの新NMCバッテリーへ置き換えられる。これにより最大航続距離は従来の635kmから650km(約404マイル)へと15km延伸された。DC急速充電は15%から80%まで約28分で完了し、ピーク出力は150kW。従来モデルより最大9分の短縮が実現している。
両グレードとも11kWおよび22kWのAC充電に対応しており、ホームチャージャーや公共の充電スタンドでの利便性も高い。また、牽引能力は1,100kgを確保しており、日常の使い勝手は変わらない。
モーター出力の向上も今回の見どころのひとつだ。フロントに搭載されるシングルモーターは220hp(164kW / 223PS)を発生し、従来比で5hp(約4kW)アップしている。バッテリーサイズに関わらず、両グレードで同一の出力を誇る。

価格戦略——エントリー価格が€12,700(約21万円)も下落
今回の改良で特筆すべきは、技術的なアップデートにとどまらない価格の大幅な引き下げだ。オランダ市場を例に取ると、67kWhのミドルレンジグレード(Mid-Range)のスタート価格は€32,990(約580万円)で、これは€3,000(約53万円)の電気自動車優遇措置が適用された後の価格となっている。
昨年(2025年)の登場時のイントロダクトリー価格が€45,690(約805万円)だったことを考えると、エントリー価格はわずか1年で€12,700(約224万円)も下落したことになる。89kWhのロングレンジグレードは現行モデルが引き続き€40,490(約713万円)から販売される。
この値下げは、欧州で激化するEV競争——特に中国メーカーの台頭と、ルノーやフォルクスワーゲン、テスラなど既存プレイヤーの価格攻勢——に対応するための必然的な動きと言える。
価格下落額=€45,690−€32,990=€12,700(約224万円相当)
デザインと内装——変わらぬ完成度
外観デザインについては、デビューから1年ということもあり今回は変更なし。内装もデュアル12.3インチディスプレイによるGoogle連携インフォテインメントはそのまま継続される。これはコストと開発リソースをパワートレインの改善に集中させるという合理的な判断だ。三菱のダイナミックシールドを採用したフロントマスクは欧州の競合モデルとの差別化に一役買っており、「三菱らしさ」の主張を崩さない設計となっている。


充電・保証・サービス体制
エクリプスクロス EVには、欧州向けに三菱のサービスコミットメントが付帯する。具体的には以下の内容が含まれる。
- 工場出荷時保証:5年/10万km
- 条件付き延長保証:最大3年の追加保証(合計最大8年/16万km)
- 駆動用バッテリー保証:8年/16万km
- ロードサイドアシスタンス:最大8年(三菱アシスタンスパッケージ)
- 防錆保証:12年
バッテリー保証の充実は、LFP化学を採用したミドルレンジモデルのユーザーにとって安心感をもたらすポイントだ。LFP電池は長寿命という特性を持つが、メーカーの保証が明確に提示されることで購入ハードルが下がる。
北米・日本市場との比較——なぜ新型は届かないのか
アメリカや日本では、エクリプスクロスは依然として従来世代のガソリン車(米国)またはPHEV・ガソリン仕様(日本)が販売されている。三菱の日本・北米向けモデルは、欧州とは全く異なるプラットフォームを使用しており、ルノーアライアンスに基づく新世代EVが展開される予定は現時点で発表されていない。
欧州では2035年のICE(内燃機関)車新車販売禁止という規制が推進力となっているが、日本や北米ではその圧力が相対的に低いため、三菱としても欧州専用のEV戦略を優先しているとみられる。日本市場向けのアップデートを期待するユーザーは、アウトランダーPHEVや今後の電動化ロードマップの動向に注目する必要があるだろう。
三菱のEV戦略における位置づけ
今回の改良は、単なる一モデルのアップデートではなく、三菱自動車が欧州でのBEV戦略を本格化させるにあたっての試金石と言える。67kWhのエントリーグレード追加と価格引き下げは、「EVは高い」というイメージを払拭し、より幅広い消費者層を取り込む狙いがある。
ルノー・日産・三菱のアライアンスが生み出す「規模の経済」——共通プラットフォーム、共通バッテリー、共通パワートレインの活用——こそが、この価格競争力を支える根幹だ。ルノー・メガーヌ E-Techで実績を積んだ67kWh LFPバッテリーを転用することで、開発コストを大幅に削減しつつ新グレードを投入できる。
まとめ——欧州EVシーンの中のエクリプスクロス EV
2026年11月から欧州市場で注文受付が始まる新バッテリーオプションを搭載したエクリプスクロス EVは、三菱ブランドの欧州における存在感を高める重要な一手となる。67kWh・472kmのミドルレンジから89kWh・650kmのロングレンジまで、2つの選択肢を設けることでユーザーのニーズに幅広く対応。エントリー価格の大幅な引き下げにより、より多くの欧州ユーザーが手の届く範囲に入ってきた。
日本に住む私たちには直接関係のない話に見えるかもしれないが、この欧州でのEV展開こそが、今後の三菱自動車グローバル戦略の方向性を示す羅針盤だ。アライアンスパートナーとの連携を活かしたコスト競争力と、使い勝手の良い航続距離・充電性能の組み合わせが、欧州のEVユーザーにどう評価されるかが今後の焦点となる。
オランダ 三菱自動車

